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ニュース@南相馬

2015年5月 6日 (水)

被災者の声聴き、政治の責任考え合った@南相馬

南相馬センタ―は3日・4日、原町区にある牛越(うしごえ)仮設住宅の住民の方々へで聞き取り活動を行いました。3日夜には「福島と語る集い2015@南相馬」を開催し、日本共産党の参院選挙比例代表予定候補の岩渕友さんらと語り合いました。(文中一部仮名)

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牛越仮設住宅は、前日(2日)に視察した小高区から避難している方々が住んでいます。5つのグループに分かれて戸別訪問しました。

 仮設住宅は、避難前の自宅とはまったく異なる環境です。「ベニヤ板一枚で仕切られている壁だから隣にも気を遣うし不眠が続いて困っている」大住民の方から聞いた大阪の山田さん(大学4年)は、精神的な負担を話す人が多いと感じたといいます。

一方で「せまい範囲で生活できるから楽」「段差が低くて楽」という声も住民から寄せられました。山梨の北川さん(大学1年)は「3年、4年住んでいたらそう思わないとやっていけないのでは」といいます。大阪の和田さんは住民の方から「心の中に不安はあるけど、普段は考えないようにして楽しく過ごすようにしている」と聞きました。「この言葉の中に、深い心の傷と現状へのあきらめ、4年を過ごしてきた疲れというのを感じました」 

◇   ◇

11221188_852208088191902_701972467_聞き取り活動を振り返って「聞くことが支援になる」と参加者から異口同音に感想が出されました。山梨の川口さん(大学4年)は、「聞くことで、当時のことを思い出してつらい思いをさせてしまうのでは」と思っていましたが実際に対話すると「今はしゃべることが生きがい」と話してくれる人と出会いました。北海道から参加した大学生の佐藤さん(22歳)は、話し出すと止まらない住民の方が多かったと振り返り、「話を聞くだけでも被災者のためになるのではないかと思った」と聞き取り活動での手ごたえを語りました。

再稼働・輸出は福島切り捨て
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 11204747_852208111525233_24677241_23日夜、元民青同盟福島県副委員長の遠藤健二さん、日本共産党参院議員比例予定候補の岩渕友さん南相馬市議の荒木ちえ子さん(日本共産党)をゲストに迎えての交流会「語っぺ福島@南相馬」を開催しました。
3人が共通して告発したのは、政府が賠償などで持ち込んだ「分断」の問題でした。

岩渕さんは「集中復興期間」が今年度で終了されようとしていることについて、「5年で全てを終わりにしたいという流れがある」と話し、原発の再稼働と輸出のために政府は福島を切り捨てようとしていると指摘しました。「全国で再稼働反対のたたかいが広がることは、福島の切り捨てに反対することになっていく」

 

 

11204601_852208094858568_2004140854【参加者の感想文より】

◆そこに生きていきたい、暮らしていきたいという思いが切り捨てられない社会であってほしい(北海道・Oさん)

オリンピック選手のための施設が豪華だと聞いています。たしかに世界に注目されるイベントですが、それならば福島の問題も終わっていないのだから、こちらにも今以上に力をかけるべきではないでしょうか(大阪・Tさん)

原発事故がなければ、ここの多くの人は避難する必要はなかったと思うと本当に許せない気持ちです。原発の費用や雇用の問題、電気代の問題の疑問にしっかり答えられるようになりたい(山梨・木下さん)

ニュースダウンロードはこちら→https://drive.google.com/file/d/0B8rNcoQlVLkWbEFrUWtwX0g4dlU/view?usp=sharing

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2015年5月 3日 (日)

「被災者の話を聞いてみたい」と参加 @南相馬

南相馬センターの5月2日の活動の様子と3日にとりくむ聞き取り活動の意義をお伝えします。

自分に何ができるか考えたい Photo

南相馬センターには北海道、山梨、大阪から16名の参加者が集まり、2日~4日の前半の活動を行います。

家のポストに入っていたチラシを見て初めて参加した山梨の大学生(4年)は、震災時の状況など被災者の話を実際に聞いてみたいと思い参加を決めたといいます。「ボランティアに参加することによって、もう一度あの時のことを思い出し、頑張っている被災者の方たちと実際に触れ合うことで、今抱えている問題や現状を知り、そこから自分には何ができるかを考えたいです」

 

原発に頼らず暮らすことが必要

Image_32日の昼過ぎに全参加者がセンターに到着し、活動のねらいやスケジュール、南相馬市の現状の概要について説明を受け、南相馬市の南側に位置する小高区(おだかく)の視察に出発。ガイドは、南相馬市日本共産党ボランテイアセンター責任者の宮前利明さんです。2時間半かけて、津波で家や田畑が流され破壊された跡地、誰もいない小高駅や商店街、反原発の意思も込めて被爆した牛を飼い続けている「希望の牧場」などを見て回りました。

夜には日本共産党の渡部寛一市議がセンターを訪れ、南相馬の現状や震災直後の様子などを報告しました。

夕食後、小グループに分かれて「どんな思いでボランティアに参加したのか」「今日見聞きしたことを振り返ってどう思ったのか」を交流しました。

 

【参加者の感想抜粋】

津波の被害を受けていなくて建物が残っている所でも原発事故の影響で自分の遺影に戻れない人がいるというのが他の被災地にはないことだと思った。(中略)家があるのに戻れないのはつらいと思う(大阪・高校3年・Hさん)

 印象に残ったのが、放射能に汚染された物を入れた大量の黒い袋です。(中略)どこにも処理しようのない『ゴミ』がこんなにもあるのかと驚きました。あれがまだまだ軒先においてある地域でなにが『収束』かと怒りすらわきました(大阪・大学3年・Wさん)

国が責任を負っている20㎞圏内こそ除染作業が進んでいいはずなのに、市町村がやっている作業の方が進んでいることに、国が原発事故解決に真剣に取り組んでいない姿が分かりました(北海道・29歳・Yさん)

津波の被害を受けて全壊したような地域では、住宅の建設が禁止になったと聞いて、それはこれから同じ被害を出さないようにするためであり、ならば、原発にこれ以上頼らずに暮らす方法を考えることも、これから同じ被害を出さないためには必要だと思った(山梨・大学1年・Kさん)

 

健康と生活改善につながる聞き取り活動

5月3日の活動は、南相馬市牛越応急仮設住宅での聞き取り活動です。

前出の宮前さんはこの間の仮設住宅への訪問を通して気付いたことがあるといいます。

住民の方たちの多くが今でも被災経験を思い出すPTSD、不眠・うつ様症状が苦しんでいることや、仮設住宅の住民同士でも原発からの距離による線引き分断で生じる賠償が違いに不満が爆発する人や表面に出せずに抱え込む心的ストレスによる症状が見られるということです。

「それを改善するために訪問対話によって『心を支える支援』が必要であり、対話し聞き役の活動が今こそ求められています。各戸訪問での対話は『閉じもこもり』『自殺』『孤独死』つくらないためにも役立つ」と宮前さん。

訪問の中で聞き取った住民要求はこの間、各地方議員や国会議員を通じて議会や自治体に届けられ、風呂の追い炊き機能設置や物置の設置、小さかった流し台の改善、各部屋への畳の設置など様々な成果を勝ち取ってきました。

今回聞き取った要望も各議員はもちろん、全国青年ボランティアセンターとして省庁要請行動を行い、政府に届け改善を求めます。

被災者の健康と生活改善つながる聞き取り活動の意義と役割をつかんで、今日も一日頑張っていきます!

※ニュースのダウンロードはこちら↓ 

https://drive.google.com/file/d/0B8rNcoQlVLkWcVdReUNVTXpoTGs/view?usp=sharing

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※一部に誤字誤植がありましたので5月6日に修正

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2012年9月 3日 (月)

復興のいしずえになれるようがんばりたい

 センターを閉じるにあたって 福島・南相馬市に開設した第5次全国青年ボランティアセンターには、「自分も何かの役に立ちたい」「なんとかしたい」「自分に何ができるか」などの思いを持った青年が全国各地から参加しました。

 8月21日からの14日間に全国から12県、19グループの参加があり、のべ242人が行動。仮設住宅の訪問を中心に、民家や事務所の清掃、草刈りなどを行いました。

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2012年9月 2日 (日)

原発に分断された街、いまだ深い悩みもち

 1日は、小高区で津波の被害にあった建設会社の事務所の片付けを行い、3時半から日本共産党の南相馬市議団長の渡部寛一さんを囲んで31人の参加でつどいを行いました。

 渡部さんは冒頭に、自己紹介と震災当時の状況を話してくれました。福島第一原発から直線距離で12㎞の位置に家がある渡部さんは、3.11以降家族はバラバラに避難、自宅に立ち入ることも禁止され、4月16日の警戒区域解除後も、生活することは禁止されています。
 南相馬市は、震度6弱の揺れで多くの家屋が倒壊したものの地震での死者はでませんでしたが、直後におそった津波は約1割の土地を消失させ636人もの命を直接奪ったことを話してくれました。そして市が災害関連死として認定された方が他に311人もいることを訴えながら「緊急・長距離・長期の避難で亡くなった方々です。本来は永らえることのできた命、原発事故さえなければ…」と語りました。

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「みんなでやれば前に進む、元気でた」

 1日は、小高区で津波の被害にあった建設会社の事務所の片付けを行いました。

 依頼があったのは、小高区にある建設会社事務所の一階の清掃。津波で書類から家具、家電製品がひっくり返り入り乱れた状態でした。
 会社は、20㎞圏外の原町区で営業を再開したりしているものの、国から委託をうけた解体工事の仕事が大量に入っており、従業員15人はフル回転。事務所の後片付けをしたくてもなかなか進まない状態でした。

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2012年9月 1日 (土)

時の止まった街、家はあるのに人がいない

 31日の朝、愛知と宮城のメンバーがセンターに到着。午前、午後と聞き取り、15時からは小高の街をフィールドワークしました。

 小高の街を日本共産党の野口さんをガイドに2時間ほどをかけてフィールドワークしました。
 最初に訪れたのは、商店街。3.11の状態で街が止まっていました。家具屋はショールームの家具が地震の揺れで入り乱れ倒れた状況のままでした。「原発事故で避難しないといけなかったので、片付けるまもなく店や家を出た人がほとんど。1年半がたってもここはまだ当時のままです」とガイドの野口さんが話してくれました。

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2012年8月29日 (水)

福島で見て聞いたこと、伝えてほしい

28日は、茨城、千葉、山梨、埼玉、佐賀からの参加者が合流。27日から参加している兵庫と福島の青年など30人で「つどい」を開催。つどいには、南相馬で農業を営む三浦草平さん(26)が駆けつけてくれ、福島の農家の現状などを開きました。

三浦さんは、昨年11月まで千葉に避難していました。普通に生活を送る中で「このまま忘れては避難した自分たちもこれからの世代に対しても禍根を残す」と思い、原発事故を忘れないために「福島で農業をしよう。帰ろう」と決意しました。
 農業の再開にあたっては、農産物の安全性の確保が問題だったことや、福島では農協や県による農産物の放射線を測る体制をつくり、とくに米を全量調べる設備をそろえてきたこと、安全の担保を確立してつくったものが「安全です」と消費者に伝えたい思いを話してくれました。

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2012年8月27日 (月)

「涙はいっぱい流したはずなのに」と

26日は、福島の青年5人と神奈川の青年らが仮設住宅を訪れ、お米を届けながら話を聞きました。今回、訪れた所は、震災後の初期の頃に建てられた仮設住宅で、数世代に渡って住んでいた家族が、隣同士の入居を希望してもお年寄りと子どものいる家族が優先される関係で、離ればなれになって住んでいる方が比較的多い場所です。

お昼にご近所さんと話している時に、「ボランティアに来ているんです」とあいさつをしたおばあさんは、「以前住んでいた家は、クモの巣が家にはっちゃってさ」と笑ってこたえてくれました。しかし、あらためて訪問し支援物資のお米を届け、ゆっくり話を聞くと「一度県外に避難していたけど、やっぱりここに住むんだと決意をして戻ってきたはずなのに、見通しの付かない生活の事を考えると」と涙を浮かべながら「これまで涙はいっぱい流してきたはずなのにね」と胸の内を明かしてくれました。

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