2015年5月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

ニュース@福島

2015年5月 3日 (日)

福島・伊達ボランティアセンター スタート!

 

第8次全国青年ボランティアセンター@福島・伊達センターの活動がはじまりました。前半は、埼玉、長野、静岡、地元福島の青年と事務局も含め38人のセンターがスタート。初日はフィールドワーク、2日目の今日は仮設住宅への訪問活動活動をしました。ようすを紹介します。

 


開通した6号線を北上しフィールドワーク

 

 5月2日午後、30人車5台が「道の駅 よつくら港」を出発し、6号線を通って北上していきました。「道の駅 よつくら港」のあるいわき市・広野町は避難指示区域外ですが、除染作業員や原発作業員の宿泊に使われ、毎朝作業に向かうバスやトラックが往来します。避難準備解除準備区域の楢葉町にあるJヴィレッジは「なでしこJAPAN」が合宿所として使用したこともある所です。原発事故後はここも原発作業員の宿泊場所になっています。「道の駅ならは」は双葉警察署の駐在所になっています。

 

 富岡町に入り富岡駅前に降りて日本共産党福島県委員会の町田書記長から説明を受けます。「駅から海の方向は家屋が建っていて海が見えませんでした。富岡駅周辺の商店街などすべて津波がのみこみました。現在は、海側に除染土や災害廃棄物の保管場所ができていて再び海が見えなくなりました」(上写真)。周辺には津波に巻き込まれて崩れかかった家や倒れたままの電柱が4年経ったいまも手つかずのままでした。途中、再開しているお店も数件ありましたが、居住制限区域になっているため、15時には町をでなければなりません。静岡から参加した学生は、「テレビや新聞でみたときより衝撃があり、改めて当時の恐ろしさが感じられ鳥肌が立ちました。一度も東北に訪れたことがないのですが、4年後の姿とは思えませんでした」と感想。

 

 さらに6号線を北上し、帰還困難地域の大熊町・双葉町にはいると、また町の雰囲気が変わります。家にも店にも入れないため、入り口はすべてバリケードがあり、入れない道路の前には2~3人警備がいますが、それ以外は人の気配が感じられません。福島第一原発付近を通過すると車の中でも線量が7μSv/hを指しました。道路の反対車線をパトカーが何台も通りますが、人がいないため空き家に泥棒がふえたため巡回をしているそうです。長野から参加した学生は「はじめて居住制限区域と帰宅困難区域に入りましたが、本当に手を付けられてないと感じた。根拠のない基準で勝手に線引きされて帰れると判断されると賠償を打ち切るという国や東電の身勝手な態度にいらだちがつのりました」と感想を書いています。

 

 仮設住宅での聞き取り活動


 2日目は朝から川俣町にある農村広場仮設で聞き取り活動をしました。この仮設には山木屋地区に住んでいた方がいますが、地震の被害が少なく、震災から1ヶ月経って放射能の線量が高くて避難指示がだされました。お米と歯磨き粉を届けながらお話を聞いていくと、「ごはん食べてテレビ見てごろごろしているだけじゃよくない。人と話したりこうやって交流することが生活で大事」「子どもが福島で家を建てたらいいというが知っている人とも離れるし、可能な限り仮設に住んでいたい。できたら以前やっていた葉タバコ畑をして家に住めるようにしてほしい」「沖縄と福島は見放されている。うちは線引きによって保障されているからいいけど、それがない人は大変だと思う」など、たくさんお話しをしてくれました。中には、「家の片付けを手伝ってほしい」という要望も。

 

 夜は、全国と福島の青年交流企画「語っぺ!ふくしま2015」で、今日まで見てきたこと聞いてきたことを交流します。

 

続きを読む "福島・伊達ボランティアセンター スタート!" »

2015年5月 2日 (土)

ぜひツイッターでも見て、カクサンしてください(^_^)v

青年ボラセン福島県内4つのセンターから次つぎとツイートされていますので、速報はツイッターを見てください。↓

https://twitter.com/seinen_volu
または、「全国青年ボランティアセンター」で検索

第8次全国青年ボランティアセンターはじまりました。

5月2日、福島県内の福島市、南相馬市、郡山市、いわき市の4カ所で第8次全国青年ボランティアセンターがはじまりました。

GW前半の3日間、各地から80人の青年・学生が参加しています。

Dsc_0646

写真は福島センターの夕食風景。メニューはマーボ丼、サラダ、スープでした。
夕食後、自己紹介のあと、第1日目のフィールドワークの感想を書いてもらいました。
明日は仮設住宅の聞き取りをおこないます。

2014年5月 5日 (月)

「語っぺ!福島」で活動と思い交流(福島ニュース№3)

 全国青年ボランティアセンター(第7次)@福島で5月4日、全体交流企画「語っぺ!福島2014」が行われ、150人が参加しました。DVD「福島原発事故~絶望から希望へ~」(原発をなくすいわき市民の会制作)を視聴したのち、日本共産党福島県委員長の久保田仁さんがあいさつし、民青同盟福島県委員長の大橋沙織さんが福島の青年を代表して発言しました。

Dsc_9085_convert_20140505081009

福島を伝えてほしい

 久保田さんは青年ボランティアの意義について「福島を見て、感じてもらうことが大事」と強調。「オール福島」となった原発ゼロを求めるたたかいの発展にふれ、「生活と生業を取り戻すまで、国と東電とたたかう」と話しました。
 大橋さんは「福島青年大集会2012」をきっかけに、原発ゼロを求める運動に参加するようになった経緯を話しながら、福島の思いに背を向けて原発再稼働に走る政府の姿勢を批判。ボランティア参加者に向けて「3年たっても、たくさんの人が来てくれてうれしい。地元でも話してほしい」とうったえました。
「本当に終わってない」

 DVD視聴と発言の後、少人数でグループ討論を行い、全体討論で議論を深めました。
学童保育でバイトをしている京都の学生は、「毛虫で遊んでいる少年がいたけど、本当はもっと自然豊かな所で遊べたんじゃないか。国や東電は被災者をネグレクトしている。原発再稼働なんてあり得ない」と話しました。
 
 ボランティアに初参加の愛知の女性は、親から「ボランティアにできることは終わってるんじゃないの」と言われながらも、「自分の目で見ないと」との思いで来ました。仮設住宅の聞き取りでは、原発への怒りそのものにふれ、「本当に終わってない」と実感したといいます。
今回の仮設住宅への聞き取りでは、国・東電の無策や除染もなかなか進まない中、「もういい」「地震の前に戻りたい」という苦しい思いに耳を傾けました。ボランティアは「聞いていて悲しい気持ちになった。地元でしっかり伝えたい」「原発は絶対あかんと思った。声を上げたい」など受け止めました。
 東日本大震災後、被災地に始めて来たという奈良の男性は、政府の原発事故「収束宣言」についてふれ、「仮設でどんな生活を送っているか知らないのでは。宣言を撤回すべき」と力をこめました。
 交流会の最後、センター長の林竜二郎さんがまとめとして「原発の再稼動・輸出は許せない。これを食い止めることは、福島に連帯することにもなる。福島に思いをはせていこう」と発言しました。

被災者の声に耳傾けたボランティア(福島ニュース№2)

 第7次全国青年ボランティアセンター@福島では5月3日に、松川工業団地仮設住宅に支援物資のお米を届け、住民から要望や実態を聞き取る活動を行いました。地元福島の青年をはじめ、岡山、神奈川、滋賀、東京、京都の青年が参加しました。

将来に原発残したくない」と住民

Dsc_9029_convert_20140505073105_4


 仮設住宅の訪問では、支援物資のお米をそれぞれのお宅に配りました。飯館村から避難してきた女性(70)は、「3年たっても将来に見通しが立たない。実家では3世代(自分、息子と孫)で暮らしていたけど、仮設が狭くてばらばらになった」と原発事故によって家族がばらばらになった実態を話しました。
 対話した岡山のボランティアは「原発事故の原因もまだ分かっていないのに、安倍首相は再稼働をしているのはおかしいですよね。皆さんの声を政治に届けます」と応えました。女性は「孫やこれからの子どもたちの世代に原発を残してほしくない。安倍首相には『原発の再稼働をやめてほしい』と伝えたい」と語気を強めました。


被災地で「できること」考えた

Dsc_9045_convert_20140505073221

 3日の夜は参加者同士で活動交流会を開き、会場いっぱいの約100人が参加しました。参加者の感想
の一部を紹介します。
◆自宅のポストに入っていたチラシを見て参加した。浪江町などをフィールドワークして、言葉が出てこなかった。早く元に戻ってほしい。一人ひとりが望む生活に戻れるようにできたらいい。(神奈川)
◆原発事故で避難するまで暮らしていた村のことを話してくれた男性の話を聞き、酪農をしてきたその人の誇りを感じた。原発事故は故郷と生きてきた歴史をも奪った。人間の尊厳を取り戻す復興にしていきたい。(京都)
◆仮設住宅での生活に自由度は少なく、買い物の交通費に何千円も掛けている人がいた。「生活の基盤が崩れている」と感じ、仮設暮らしにおかしさを感じた。解決するために、ボランティア活動を通じて考えたい。(滋賀)

南相馬市フィールドワーク(福島ニュース№1)

 
4月29日、全国青年ボランティアセンター@福島が福島市内に開設しました。
初日から福井、鳥取、愛媛の3県4名がガイダンスを受講し、その後、福島の青年と一緒に支援物資のお米の小分け作業を行いました。翌30日は、南相馬市のフィールドワークを行いました。

Photo_5

自分の目で見て歩くのでは全く違った
 「田んぼを埋め立てて、除染作業で集めた土などを置いている」「川俣町は軍鶏が有名。原発事故が起きる前までは日本一長い焼き鳥づくりが行われていた」――南相馬市に向かう中、3・11後の福島の変化や現状について、ガイドの野口徹郎さんが軽妙かつ真剣に語ります。センターから車で約90分間、南相馬の道の駅に到着しました。道の駅で名物の凍天(草もち入り揚げパン)を頬張り一服し、いざ南相馬市フィールドワーク開始。
津波で1階部分が大破した民家の壁に残っている頭の上を優に超える高さの津波の跡。お母さんと生後間もない赤ちゃんが津波の犠牲になった場所にたてられたお地蔵さん。曲がって倒れたガードレール。居住できない地域にある小高駅前の駐輪場では、通学で使われていた中高生の自転車が残っていました。
 鳥取からの参加者(大学4年生)は、「福島県は原発事故のイメージが強くて地震や津波の被害については想像できていなかった」と話します。新設のガードレールや整理されたがれきの山を見て、昨年も訪れた金元友さん(31)は「がれきの撤去が進んできているなと感じた。同時に震災の激しさを知ることが難しくなってきているようにも思った」と言います。一方で初めて被災地を訪れた参加者は、「3年たった今でも3・11の被害の大きさを感じることができた」と話します。
 福井からの参加者(看護学校4年生)は、「今までテレビや新聞などでしか見ることがなかった被災地を、自分の目で見て歩くのでは全く感じ方が違った。(中略)故郷に戻りたいという気持ちや目に見えない放射線への不安、忘れられない3・11の恐怖など、住民の立場になって考えると、とても苦しい気持ちになった。原発を再稼働させることは福島で被害に遭われた方の気持ちを考えていないと思った。自分の目で見たり聞いたりすることで、根拠を持って原発は良くないと言えるようになったと思う。この変化は自分でも大きいものであり、その思いをほかの人にも伝えていけたらいいと思う」と感想を寄せました。

2013年5月 9日 (木)

5月5日福島 「語っぺふくしま――福島の今と私たちのこれからを考えよう」

語っぺふくしま

――福島の今と私たちのこれからを考えよう

Dsc_5919

5月5日、午前は仮設住宅への聞き取りと南相馬市へのフィールドワークをおこない、午後から「語っぺふくしま――福島の今と私たちのこれから」と題して青年のつどいを開催。

140人の参加者終結し、福島の現状を学び、自分たちの生き方や社会の在り方を語りあいました。
全体の場で発言した福島の高校生の発言を以下、掲載します。
----------------------------

いま私の日常には、不安なことがたくさんあります。それらはすべて、原発事故によってつくられています。

ある日の朝、桜をゆっくり見ながら学校に行こうと、いつもと違う道を歩いていると、除染している住宅が5カ所あることに気付きました。日が差して、ぽかぽかしている中、長袖長ズボンにマスク姿の除染作業員さんの姿を見て、原発事故直後の高校合格発表のことを思い出しました。「肌を出すな」とうるさいほどいわれ、父のジャケットをはおり、マスクをして、フードをかぶり、車から建物にダッシュで入りました。空だけはいつもと変わらなかったけど、表現できないような漠然とした不安を感じながらの合格発表でした。そんなことを思いながら桜のきれいなスポットに行きました。小さいとき、親友と写真を撮ったことのある大切な場所です。しかし、そんな場所でさえも、事故によって変わってしまいました。線量が高いので、除染のため、桜の周りの芝生は閉ざされてしまいました。桜だけは以前と変わらずに咲いていました。私は大好きな歌の歌詞を思い出しました。“桜は咲く、すべてに意味があるように”といった歌詞です。たくさんの人が住む場所を奪われたり、仕事を失ったりして、いまも苦しみ続けている状況をつくりだしたあの事故に意味なんてあるのかなと考えました。ずっと考えて、福島の事故は、世の中を変える大きなきっかけになったんじゃないかと思いました。それまで日本の偉い人たちが、たくさん原発をつくってきました。私もそのことに疑問を持たずに生活していましたが、事故が起こって、原発に疑問と関心を持つようになりました。事故の後、そういう人たちが増えているんじゃないかと思います。福島にいる私が、状況を語り伝えることが大事だとあらためて思いました。

もう一つ印象に残った出来事があります。アルバイト先の店長が「君たちが大変なのはこれからなんだよ」と話し始めました。進路のことかと思ったら、原発のことでした。「影響が出るのは君たちの子、孫の世代。君たちが親になるころには、大きな決断をしなければならない。なんて世の中になってしまったんだろうね」と言いました。仮に店長が言う通りだったとして、自分が親になったとき、ここで育てるのか、ここで育てないのか、いろんなことを子どものかわりに選択しなくちゃいけないんだと思いました。いまの親世代の人は、こういうことでたいへんなのかもしれないと気付きました。その後、短大生の先輩と作業しているとき、恋の話で盛り上がり、「子どもは何人ほしい?」という話になりました。先輩は「将来、子どもはいらない。ほんとはほしいけど、放射能の影響とかで万が一、子どもに何かあったらつらいから」と言っていました。結婚する・しない、子どもを産む・産まないは別として、私は先輩の不安にとても共感しました。除染が進まず、医療費無料の援助が受けられるのもあとわずかのなか、これからどうなるんだろうと不安になったことがあったからです。

「3・11」以降、こんなふうに、日常のふとした瞬間に原発のことを考えない日はありません。減り続ける報道、たまに報道される内容を見ても、美化された内容にくやしくなったり、「すぐに逃げた方がいい」というネットの書き込みに、福島で暮らしていこうという気持ちをくだかれそうになったり、大好きな故郷を否定された思いになったり、毎日踏んだり蹴ったりです。夢なんじゃないか、夢なら早く覚めてほしい、そう思うこともあります。現実から逃げたくなる瞬間もあります。そんなとき、わたしの支えになってくれるのは、全国のみなさんの存在です。いまこの瞬間もそうです。全国のたくさんの人たちが、福島に心を寄せていることを肌で感じることができました。みなさんの存在が、私のエネルギーになっています。

この数日で見た福島、聞いた福島、感じた福島を、まわりの人にどんどん伝えていただけたらうれしいです。それもまた、世の中を変えるきっかけになると思います。私も福島から、福島を伝え続けていきます。みんなで力をあわせて、よりよい世の中をつくっていきましょう。



続きを読む "5月5日福島 「語っぺふくしま――福島の今と私たちのこれからを考えよう」" »

2013年5月 4日 (土)

@福島 5月3日の活動紹介

 5月3日も、沿岸部のフィールドワークと仮設住宅への訪問をしました。夜には有志が「福島金曜行動」に合流し、80人超で「原発なくせ」「ふるさと返せ」「福島県から声上げよう」などコールしました。活動の後の交流会では、東日本大震災ボランティアに初めて参加する青年の発言があいつぎました。

やっと2年で被災地に

  「仕事などで忙しく、(被災地に)向き合えなかった。やっと2年で被災地に来れた」と話したのは埼玉の青年。秋田で「3・11」に遭い、物資がなくなるなどの体験をしました。「家を流された知人も『向き合えない』という。復興は終わってない。原発再稼働など、逆の流れを止めたい」と決意を語りました。
 京都の青年は、ボランティアに行った友人から「行かんほうがいい。無力感が残るだけ」と言われながらも今回初めて参加しました。仮設住宅の聞き取りでは、笑顔で受け入れられ、被災者の「知ってほしい」思いを実感したといいます。
 滋賀から参加した青年は、津波による大きな被害を受けた南相馬市をフィールドワークし、考えをめぐらしました。「たいへんなことになった町を少しでも明るくしようと、花を植えたり音楽を流す人がいる。被災者と向き合って活動したい」

「福島のことを忘れない」が何よりの力

 訪問先で被災者との交流を深めた経験についても発言がありました。京都から参加した青年は、訪問先で子どもと遊びながら、子の親と対話しました。「『子どもが外で遊んでいるのはいいですね』と話しかけたら、『(放射線のことは)考えないようにしている。本当に安全かわからないけど、子どもを心配させたくない』と語っていた」。この発言を受けて、福島の青年は「被災者の方の第一声は、『要望はない』。でも、じっくり聞けば話をしてくれるし、それが要望の実現につながる」と話しました。日本共産党のいわぶち友さんは、国と東京電力の無策で住まいや賠償をめぐって「分断」がある中、「みなさんがボランティアに来てくれたことそのものがうれしく、ありがたいこと」と話し、「『福島のことを忘れない』が何よりの力です」と激励しました。

Jpglarge

【写真=南相馬市】5月3日、2年間止まったままの時計が動き出しました。ビニールハウスを撤去して、来年から米の試験作付けができますように。

2013年5月 3日 (金)

福島ボランティアセンターが活動スタート!(福島ニュース№1)

全国青年ボランティアセンター@福島は、4月27日にスタートしました(◎´∀`)ノ 

神奈川と埼玉から15人が参加し、4月27日から28日まで福島市で活動しました。

Photo_6

★沿岸部FWと仮設への聞き取り活動

27日には原発から20km圏内の南相馬市小高区にフィールドワークに行きました。ここは、昨年4月16日に一部が警戒区域解除から避難解除準備区域になった場所でした。
津波被害を受けた沿岸部は、曲がったガードレールや壊れた住宅も手付かずのままでした。
フィールドワークに参加した青年ボランティアからは、「被災地は何となく遠い世界のような感じがしたけれど、今回、現地をまわって『現実なんだ』と強烈に感じた」、「『原発事故収束してないじゃないか宣言』をしたくなりました」など感想がよせられました。

28日、29日には浪江町から避難した住民の仮設住宅を訪問しました。

 お米やにんじんなどの支援物資を届けながら「何か困ったことはありませんか?」「要望はありますか?」と対話シートをつかいながら聞き取り活動をおこないました。

住民からは「バスが少なくて買い物が不便」「二重ローンがある」「部屋が狭い」などの声や「収束宣言はうそだ。何とかしてほしい」と国や東京電力への要望が出されました。

2012年5月 2日 (水)

まともな仕事と人間らしい生活を@福島

Dsc_0210_2

今日は、ハローワーク前で福島の青年のリアルな生活や雇用状況を調査し、30人以上の人と対話しました。

詳細は、追ってまた補足します。
乞うご期待(≧m≦)