2015年5月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

ニュース@宮城

2012年5月18日 (金)

石巻市と懇談

 全国青年ボランティアセンターは5月7日集めた実態200人分(中間まとめ)を石巻市被災市民生活支援課に届けました。参加者は全国青年ボランティアセンター和田育美センター長、民青同盟宮城県委員会岩渕大地委員長、伊勢薫県常任委員、日本共産党宮城県東部地区委員会鈴木実常任委員の4人です。

Photo

 聞き取りをする中で特に要望の多かった、街灯の設置、車がないため外出が不便と訴えいる高齢者の実態を伝えました。市からは、「道路課に申請をすれば、検討したのち設置は可能」「運航協議会をつくり、電話予約で自宅前に迎えにこれるような交通バスを考えている」などの解答がありました。
 また在宅被災者を訪問する中で「半壊認定でも家屋修理だけで1000万円かかり、電化製品も自費で買いそろえた」「助成される補修費用で直せる範囲しか直さない」という実態を聞いてきました。市からの家屋改修助成金について質問をしました。「お金の問題は国からの災害援助費に頼っている部分もあり、市の財政に限りがある」ということでした。
 被災市民復興支援課の庄司勝彦課長は「在宅被災者に手が届いていないということはその通りです」と話し、「数ある被災地の中から石巻市に支援に来ていただいていることは非常にありがたいことです」と応じました。

2012年5月 5日 (土)

終日石巻市の在宅被災者のみなさんに聞き取り@宮城

青年ボラセン@宮城ですsign01

きょう5日は日本の最後の原発が止まった日でした。
参加者の青年たちは、バス2台、ワゴン車などに分乗して終日石巻市の在宅被災者のみなさんに聞き取りにとりくみました。

夕飯の炊き出しは、山形の農民連からいただいたお米55合を炊き、生姜、ニンニク、ごぼう、バター、牛乳入りのspecialカレーと愛知県から宅配便で届けられた甘夏みかん80個、TPP反対だとおっしゃるご近所の農協組合長さんからいただいたホウレン草のおひたしを完食!

食事後、今日一日の活動の感想交流をしました。

Dscf0075_3



被災古民家の清掃作業@宮城

~4日午前、午後~

 青年ボラセン@宮城です(*^.^*)
 宮城県登米市を拠点とするセンターは、4日は2隊に分かれて午前中は登米市内の仮設住宅での被災者聞き取りと登米市米谷の古民家解体に向けての清掃作業にとりくみましたsign01

Kataduke

  写真はまだ小雨の降る中を廃屋の中にあった家具やゴミを分別して仕分けているところ
です。若者25人と大人若干名で古民家の清掃が一気に終わりました。家主さんがドリンク
と「甘太郎や菓子店」の「ゆべし」を差し入れてくれ、みんなでいただきました。素朴な甘さがおいしかったですlovely
 昼食後は、石巻市の在宅被災者の聞き取りに80人体制でとりくみました。

2012年4月30日 (月)

政府・行政の役割が見えてきた@宮城

~アンケートの集計結果から~

 石巻市の在宅被災者への訪問では、2日間で92人が実態調査にこたえてくれました。調査アンケートをまとめると、在宅被災者の生活再建への課題、政府・行政の役割が見えてきました。

住宅の改修費用については、81%の人が、「市の補助だけでは足りない」と答えています。中には「できるかぎり修理するけど、お金なくなったらそこで改修は終わり」と、あきらめさせられている方もいます。「同じように津波をかぶり、両隣りの家は『全壊』と認定されたのに、自分の家は“ガレキが入ってない”という理由だけで『半壊』にされた」など、被災者を「線引き」することへの不満の声もありました。

被災者個人への補償については、阪神淡路大震災後、住宅が全壊した被災者に、最大300万円まで支援する国の制度ができましたが、今回のアンケートでは、改修費用の平均は約570万円、中には1300万円かかった人までいます。在宅被災者は、住宅だけでなく、冷蔵庫や冷暖房設備など生活必需品も多くが津波で流されており、支援かなければ自分で買い変えなければいけません。「せめて改修費用の補助を増やしてほしい」という願いは決してぜいたくではないはずです。国の補助を抜本的に拡充することが求められています。

行政への支援では、街灯の設置や側溝の補修が不十分で、「夜街に出るのが不安」という声が多くありました。同時に、あまり行政の仕事とイメージされにくい、「雇用」「事業の再開」などの要求も少なくありませんでした。

「全国青年ボランティアセンター2@宮城ニュースNO.7 2012年4月30日」
PDFのダウンロード

つどいを開きます!@宮城

宮城登米センターでは、
5月4日18時半からつどいを開き、70人以上の青年が参加する予定です。

日本共産党・気仙沼市議の秋山善治郎さん、登米市議の工藤淳子さん、佐藤尚哉さんが、3月11 日直後の状況や、復興のために政治が果たすべき役割についてお話していただきます。

全国から「何か力になれれば」と集まっています@宮城

宮城センターに富山、新潟、東京、奈良、大阪、高知、佐賀から30人

宮城センターには、各地から青年ボランティアが集まっています。28 日は、高知、富山、大阪のメンバーが石巻市の在宅被災者を訪問し、要望を聞きました。

Arnodwqciaevah9

生活改善の課題、つぎつぎ

「お店が遠くて買いだしに時間がかかる」
「街灯がないので、夜側溝にはまりそうになった」
「庭のじゃり、植木が流れたので補充して」
「救援物資が届かなくなった」
「レンジや電気カーペットがほしい」
「市役所の人が来ない。廃材の収集も止まってる」

被災者を訪問して寄せられた声です。地図と調査用紙を片手に、一軒一軒訪ねていくと、多くの要望や生活改善の課題が見えてきました。

「リフォームに800 万かかったが市の補助は160 万」
「修繕はお金がなくなったらおしまい」
「義援金が全く足りない」

収入が減ったり、途絶えたりして、生活が苦しくなっていることも共通しています。
この日1 日で25 人を訪問し、被災者の要望がリストになりました。中には家の中にあげてくれて、3月11 日直後の状況や、ご家族のお話まで聞くことができた被災者もいます。「気持ちが落ちていて、やる気がしなかった。話しただけで気が楽になりました」と感謝の言葉もかけられました。

ミーティングで話しあって

夜のミーティングでは、4つのグループに分かれて、ボランティアに参加しようとした思いや、訪問活動や被災地の現状を見た感想を交流。「最初はそんなに話してもらえないと思っていたけど、聞いてみるとまだまだ支援が必要なことがわかった」「行政がすべきことを放置している印象を受けたのでもっと声を集めて困っていることを解決しないといけないと思った。地元に帰って聞いたことを伝えていきたい」などの感想が出されました。「こういう時はどう声をかけたらいい?」と話しあった班もあります。遠慮していたり、言いづらそうな被災者への聞き方の工夫も出し合い、より被災者の気持ちにあったボランティアになるよう議論しました。

被災地を視察してきた新潟や奈良のメンバーからも、「テレビで見るのとは違い、復興はまだまだこれからだとわかった」「被災地を見て言葉がでなかった。明日から見たことを胸に刻んでがんばりたい」という思いが出されました。

29 日からは新潟、奈良、佐賀、東京も加わり、引き続き要望を聞きながら、こたえていきます。

~参加者の感想から~

「訪問したときに『人恋しかったので、話すことができて嬉しい』と言われて、来てよかったと思った。お金が足りていないことを実感したので募金活動できればいいな」(高知T さん)

「津波の元の方に近づいていくと、段々と直されずに放置されている家が目立ってきて、残された方がさびしそうにしていたのが印象的だった」(富山K さん)

第4次ボランティア@宮城ニュースNo6.pdf」をダウンロード


2012年4月25日 (水)

少しでもお役にたてたら

24日から愛知と東京のメンバーがボランティアに参加しています。参加者の感想を紹介します。(※福島にもセンターが開設されたことに伴って、ニュース名を@宮城としました)

 

●6軒のお宅を訪問


120424

大学4年生、男性…1軒目に行った家では「床はまだ張り替えていない」と言っていました。「夫は大工だから生計を立てるための仕事に手いっぱいで、自分たちの家の修理はこれから。一人で大工をやっているから。新築の依頼には応じられない」と今後の仕事が減るのではという不安を聞きました。


23歳、男性…一軒目のお宅を伺って、「娘がね…」と言いながら、手を震わせながらアンケートを書いて下さるお宅があったのが印象的でした。家の改修費用への不安もあるんじゃないのかなと思う。十分足りているよというお宅も、頼みづらいというのもあるんじゃないかなと思う。

 

渡辺裕さん、男性…「ボランティアいいよ」と言われるのではと少し不安だったけど、コンビニでは「ごくろうさまです」と言われ、暖かく迎えてくれた。被災者の方にも好意的に話しをしてもらえて安心した。「復興」という言葉にはまなだま大きな差がある。自分の行動が少しでも本当の復興につながればと思う。

 

24日に到着した0さん、女性…8月にもここのボランティアセンターに来ました。石巻に知り合いがいたけど、こちらに来るときも、怖くて詳しい住所を調べないまま来ていました。8月に作業した場所は見覚えがある街並みで…。でも、今年の2月に年賀状が帰って来て、知り合いも知りあいの家族も無事だったことが分かりました。ほっとしています。昨年、見ていたものがどうなっているのか、心にとめておきたいと東京から来ました。

 

 初めて被災地を訪れて

大学4年生、男性…言葉が見つからなかった。小学校が被災していてこいのぼりが掲げられていてつらくなった。大川小学校の周辺は更地で何もなかったから、本当に家があったのか、どういう街並みだったのか。その集落が全部消えてしまったような気がして、虚無感でいっぱいです。

23歳、男性 …視察で南三陸町や石巻の高台からの何もなくなった街をみると、余計にいろいろなことが頭をよぎりました。2011311からのテレビの映像を被災地の実情を目にした後、見返すことで、そこにあったはずの人の営みの大きさを感じました。



◆全国青年ボランティアニュース@宮城 no4 「4thvolu_Miyagi4.pdf」をダウンロード


2012年4月23日 (月)

被災地が自立できる復興支援を

2122日は、東京と沖縄のメンバー24人で宮城県石巻市の津波被害をうけた在宅被災者を訪問してきました。在宅被災者の住む家を地図に書き込み、可能な方からは実態も聞かせてもらいます。二日間で73人の方から要望や実態を聞くことができました。

 

●家の改修費用、街灯の設置、被災地の自立支援・市との連携を

「家の改修の公的補助150万円の補助で修理できる分しか直さない」という声や「震災後、飲料水が濁っているから飲料水を買っている」「震災時に防災無線が聞こえなかった」「街灯がないから暗くて危ない」「震災後に体調を崩した。車を持っている姉の仕事が忙しく、タクシーで通って交通費がかかる」「老後の蓄えを電化製品を買うお金にあてている」など、細かい要望をたくさん聞きました。

ある年配の男性は「ボランティアは仮設に入り過ぎている。自分たちのことは自分たちでとりくまないと石巻の復興はない」と話してくれ、40分ほど話をしました。全国青年ボランティアセンターの仲間が「僕たちは自立を支える復興の在り方が大事だと思う」と話していくと男性は「市に要求しすぎてもダメ。人でもお金も足りていない。市民と市がどう連携して復興していくかがカギだ」と話してくれました。ボランティアセンターには全国から青年が何かしたいと集まってくることや「被災地で感じたことを持ち帰って自分たちに何ができるのか考えていきたい」と伝えると「在宅の被災者のところは誰も支援に来ないから、君たちがやっていることはいいこと」と話してくれました。

ボランティア参加者は「細かい要望がたくさん出される」「どういう復興の仕方がいいのか考えさせられた」「被災者の人から、復興についての意見が出されるようになってきている」と感想を話しています。また、ボランティアにコーヒーを出してくれ、震災当時のようすを話してくれる方もいました。参加者から「逆境を乗り越えていこうとしている姿に、逆に元気をもらえた気がします」と感想を話す初参加の人もいました。

 

 

No3_2

地図は二日間で300軒以上、地図落としをすることができました。民青同盟で集めている「まともな仕事と人間らしい生活を求める請願署名」にも22人の方が署名してくれました。「座イスを洗って欲しい」とボランティアの相談もあったので応えていきたいと思います。

 

 「また来たんだね」「駐車場使ってもいいよ」

ボランティアセンターの事務所がある登米市も震度6強の揺れがあった被災地です。昨年6月、8月にあった全壊の家は取り壊され更地になっていました。ご近所には柱や壁にひびが入っている家もあります。沖縄からの参加者は「石巻とかはTVのニュースでも聞いていたけど、登米市のことはここに来て初めて知った」と話していました。ご近所の方には、「また来たんだね」「うちの駐車場使ってもいいよ」とあたたかい言葉をかけてもらっています。



●ボランティアニュースno3(PDF)

「4thvolu_news3.pdf」をダウンロード


2012年4月20日 (金)

在宅被災者へ聞き取り調査をしました

 19日は、宮城県石巻市の津波被害をうけた在宅被災者に訪問して生活実態や要望を聞きました。

 

●情報がもっとほしい

新舘地域の男性(63歳)の家に訪問すると、家の中に上げてもらい、実態アンケートに協力してくれました。震災当時は2m以上の津波が押し寄せて4日間水が引かなかったため、家の二階で生活していたそうです。同じ地域の多くの家族が避難所や仮設住宅に移りましたが、男性の家族は家に残り生活を続けました。地震直後は、食材が不足し、「1人5つまで」と制限された乾麺を求めて行列に並んだことや、津波で失業したが、個人事業だったので失業保険がおりず、貯蓄を切り崩しながら過ごしていることなど、震災後の生活の困難を聞きました。「何か要望はありますか?」と聞くと、「市からの情報がほしい」と話してくれました。男性は津波被害をうけた1階の工事を行い、行政からの修繕補助をうけましたが、自分から市に電話で問い合わせてはじめて補助制度を知りました。「市の情報がまったく入ってこない。もっと情報が入ってくるようにしてほしい」と話しました。

 

●側溝の補修の援助費がほしい

_

 次に60代の夫婦のお宅に訪問してお話しを聞きました。津波で入り込んだ家の1階の泥や庭の片付けは、震災後、2人で徐々に片付けていったそうです。「何か要望はありませんか?」と聞くと「今は落ち着いているから特には…」と話していましたが、「家の前の道がまだ片付いていない」と話してくれました。道の側溝を見てみると地震でブロックが崩れて、雨の日は水があふれてしまうそうです。「この道は公道ではなく私道だから、市の手が入らないから自分たちの負担でやらないといけない。でも、せめて半分は行政からの援助がほしい」と話してくれました。

他にも「放射線物質の線量の情報がほしい」「どんな復興制度が出されているのか知りたい」「行政に住民要求を伝える場があったらいい」などの声がよせられています。

 

 この聞き取り調査では、在宅被災者から「今は生活が落ち着いて自立できている」「片付けはひと段落ついた」という声がある一方、「仮設には支援が行くけれど、自分たちのところには来ない」「情報が全然入ってこない」という思いを抱えながら、家の片付けや生活再建に必死に取り組んでいる姿が見えてきました。

 第四次全国青年ボランティアセンターは、岩手、宮城、福島で「被災地域実態調査」を行い、仮設住宅や在宅の被災者から聞いた声を地元共産党と連携しながら集約し、自治体や行政に届けていこうとしています。


■ボランティアニュースno2(PDF)

「4thvolu_news2.pdf」をダウンロード


 

2012年4月18日 (水)

あいさつまわりと、沿岸部被災地へ

 417日に第4次全国青年ボランティアセンターが開設しました。前回に引きつづき宮城県登米市を拠点に被災地支援活動をおこなっていきます。

 

●センター周辺へ挨拶――新聞の片づけを手伝うことに

 17日は、事務局のメンバーと、地元登米市在住の青年といっしょにセンター周辺の住民の方がたに訪問してあいさつをしました。

道路で近所の方と立ち話をしていたおばあさんに声をかけると「去年のボランティアセン ターの時は、広島や福岡の若い人たちに地震で倒れた家具などの片づけを手伝ってもらって助かったんだよ」と話してくれました。「今回も、沿岸地域と合わせ てセンター周辺の内陸地の方がたのお手伝いをしたいと思っています。気軽に声をかけてください」と話すと、「実は、うちは80代の夫婦二人暮らしで、たまった新聞が多すぎて片付けることができない…」とおばあさん。「ぜひ、やります!」と切り出すと「じゃあ、お願いする」と話してくれ、後日、新聞の片づけを手伝うことになりました。

 その他にも、訪問すると家の中にも上げてもらい震災当時のことや、いまの生活のことを聞いたり、世間話をしました。

 

●被災地視察へ――「生活再建の一歩、自分も支えたい」

 

 

 その後、津波被害があった南三陸町や気仙沼市本吉地区を視察しました。

No1_2

去年8月よりガレキの撤去や、仮設の店舗やコンビニエンスストアの営業再開など、復旧と復興が進んでいるように見えました。しかし、平地の多 くは津波に流され更地の状態でした。事務局の阿部泰樹さんは視察を終えて「ガレキの山や傷ついた建物がまだまだ残っていて、地震と津波が住民の希望を奪っ たんだなと思った。これからは、沿岸地域で仮設住宅の住民の方に聞き取りをする機会があるけれど、今後の人生について相手の思いを聞きながら、生活再建の 一歩をすすめるために、自分が出来ることをいっしょにやっていきたい」と感想を話します。

 

 

週末に東京と沖縄のメンバーが到着します!

沿岸地域の被災地域などを訪問して、生活実態や要望の聞き取り調査を行います。

 

ニュースNo1(PDF)「4thvolu_news1.pdf」をダウンロード