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2012年4月23日 (月)

東京の学生ボランティアワゴン・練馬のみなさん、お疲れさまでした

 21日、午前3時 練馬のみなさん到着
 同日、午前4時  学生ボランティアワゴンのみなさん到着

というなんともハードな日程で22人のみなさんが宿泊し、
22日のお昼まで一緒に活動をしました。

こんなに強行スケジュールで20人もの方が来られる。
みんなの思いはすごいなと思いました。

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22日からは沖縄からの参加者も到着し、事務局も合わせて24人ほどで300戸以上のお宅を地図に印すことができました。

実態は73人の方から聞かせてもらうことができました。

22日の夜は、残ったメンバーで聞いてきた声をデーター入力しました。

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 被災地視察をする学生ボランティアワゴンと
練馬のみなさん

2011年5月 7日 (土)

人の力はすごいな、と感じた

 被災地出身のボランティア・伊東勉さんが、夜のミーティングなどで話した内容をご紹介します。


http://youtu.be/HNtV2VE81IY

岩手のためになにかしたくて

東京・小林奈那さんに、6日間のボランティア活動で感じたことを聞きました。


http://youtu.be/DwjwHrL0GNU

志位委員長がボランティアセンター訪問

 日本共産党の志位和夫委員長と市田忠義書記局長は6日、被災地を訪問し、岩手県庁で懇談しました(詳しくは「赤旗」で)。そのあと、一関市の青年ボラン­ティアセンターのミーティングを訪ねてくれました。

 志位さんは、青年ボランティアの活躍にふれつつ、「バラバラにされてきた人たちが、連帯の絆をつよめている。助け合って連帯して、人間らしい社会をつくろう」とあいさつ。志位さんが来るというサプライズに一時騒然となり、拍手がおきました。小池あきらさん、穀田恵二衆院議員もいっしょでした。

http://youtu.be/3NjwPyaOiaQ

夜のミーティングで、民青同盟・田中悠委員長が発言

 6日、夜のミーティングの席で田中委員長は、福島・宮城・岩手の3県で、のべ780人の青年ボランティアが活動したことを報告。ボランティアの意味や、自身の福島での3日間ボランティア活動についても発言しました。


http://youtu.be/kfrhGWBEObk

2011年5月 3日 (火)

大勢が集まれば大きなことができる。その一人になりたくて

長野県から参加している塩﨑剛也さん

http://youtu.be/EvgdNj4NoC8

人のために力になれる生き方ができることを教えてくれた

神奈川県から参加している片柳進さん

http://youtu.be/R4ixVVJcnuI

2011年5月 1日 (日)

ブログで知って翌日には被災地へ

いま全国からボランティアが続々あつまっています。どんな思いで来たのか、信州大学3年のNくんに聞いてみました。

 たまたま見つけたブログの連絡先に電話して、翌日にはボランティアセンターに着きました。

はじめは、地震のニュースに衝撃をうけ、ボランティアの報道をみて「いつか自分も」と思っていました。28日、連休中にボランティアがふえるとの報道をみて、「いま行かなければ一生後悔する」と探しました。

 ネットで「長野 ボランティア」と検索してヒットした長野の民青同盟のブログをみて連絡しました。トントン拍子で話がまとまり、次の日の夕方には岩手にいました。勇気をもって決断することで、たった一日でもいろんな経験ができる。やってみないと何も動かない。動いてみて、人と人とがこうやってつながっていくんだと実感できました。これからの人生や生き方の糧になるんじゃないかと、強く思います。

 テレビの映像はあまりに現実離れしていて実感がもてなかったのですが、いざ被災地をみて、すごく衝撃をうけました。「海からはるか先のここまで津波がきたのか、ここに住んでいた人たちは逃げられたのか」と。想像するだけでいろんな人たちの思いが伝わってきて、胸が痛みました。

 漁港での片付け作業は、ささやかなもので、はじめは無力さを感じました。ただ、一緒に作業したおじいさんが、素性を知らない僕らにもやさしく、明るく接して心をひらいてくれたことが、心にしみました。どんな小さな作業でも、被災者にとって助けになります。目の前の作業をやっていくことで、元気になり、希望をもてるようになればと思います。

2011年4月30日 (土)

帰って被災地のことを語りたい

高知からボランティアに参加した岡田はるかさん

http://youtu.be/1DLLhiljEC4

2011年4月29日 (金)

思い出のつまった地域、何とかしたい

 全国青年ボランティアセンターがある一関市に住んでいるKくんはこれまでに何度か陸前高田市にボランティアに通っています。震災直後のようすやボランティア活動への思いを聞きました。

 地震から1週間たって、ようやく沿岸部の被災地に行けました。道路の端にはガレキが山積みされ、みわたすかぎり、ほんとにひどい状況でした。むかし、実家から陸前高田市の浜辺まで、自転車で行ったことがあります。そこに、流れついた鉄板を使ってバーベキューをしたり、地元の高校生と仲良くなったり、みんなでモスバーガーに行って盛り上がったり…。思い出がいっぱいつまった場所でした。それがすべて、流されていました。

 僕はこれまで、〝人のために何かしたい〟とそんなに思わなかった。でも今回は、本当に何とかしたいという気になって、〝俺って、こんなところあるんだ〟と、ちょっとビックリしています。

 3月半ばから、ボランティアをはじめました。5~6隻の船が突っ込でいたお宅で、みんなで力をあわせて引っぱり出すところから、片付けを始めたそうです。僕が行ったときは、漁具の片付けをしました。もともと、あなご漁の漁具が150あったそうですが、一日中探しても、50しか見つけられませんでした。後片付けにはものすごく労力がいるし、ほんの少しずつしか進んでいないように感じてしまいます。でも、いつも「ありがとう」と言われるんです。役に立ててうれしいと思いました。

 ただ、一関からボランティアに行けるようになったのは、ようやく最近です。地震直後はガソリンがなくなり、ジッとしているしかなかった。被災地に行くために12時間ならんで給油しました。スーパーに3時間ならんで食料を買っていた人もいます。これから支援活動を本格化していければと思います。

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