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2014年5月 2日 (金)

仮設住宅から新しい生活へ

遠野センターでは、4月2628日は山形、茨城、埼玉、岩手から28人(のべ50人)での活動になりました

4月30日は、後半の連休の活動準備のため、事務局3人と深澤さん(釜石・震災救援担当)とで復興公営住宅をおとずれました。

 

 新しい環境での暮らしの要望・思いに耳を傾けて

 大槌町は、大津波によって壊滅的被害をうけた町です。震災前は15000人だった人口が11000人まで減りました。沿岸で一番行方不明者の多い地域で、いまだに400人の行方がわかっていません。

 

今年に入ってから、街では地盤沈下した土地のかさ上げのため大規模な工事がはじまりました。大型トラックで土を運んでいたり、津波被害を受けて残った建物も解体作業がすすんでいます。また、被災した方たちの生活も仮設住宅から自力再建や復興公営住宅へうつる人もでてきていています。仮設住宅に空きがでてきているため、来年1月からは仮設住宅の集約化もはじまるそうです。

 

町内にある3つの復興公営住宅は去年から入居がはじまっています。仮設住宅から公営住宅にうつる中で、一人暮らしの高齢者の心のケアが課題になってきています。そんな中、大槌町の隣の釜石市では、復興住宅ではじめて孤独死がでました。まだ自治会がないなど環境が整っていないため、隣近所との付き合いや生活環境の急変に戸惑っている高齢者の方も多いとのことでした。復興公営住宅での生活実態の聞き取りはまだほとんど進んでいないそうで、新しい生活を始めた住民の方の暮らしの要望や思いを聞き取ることも重要な活動となっています。

 

「引っ越せて一安心」だけど…

 

 「公営住宅に引っ越せて一安心。でも仮設の人は集約化でまた仮設に引っ越しすることになるから、安心できない」というのは、去年8月にできた大ケ口町営住宅に住むKさん。震災当日は、津波の影響で近くの川があふれ1階部分が浸水し被災しました。Kさんとお茶っこをしていたOさんに〝いまの暮らしに不安に感じること〟を聞くと、「またいつ大きな津波がくるかが一番不安。病院も遠くなるし、近くにスーパーがない。足が悪いので移動販売にも間に合わないときがある。仮設住宅にもどりたい」と話してくれました。「震災後から右耳の耳鳴りがおさまらない」ということも。それでも、「こうやってボランティアさんにも助けられたし、仮設もここの人たちにもよくしてもらっている。人に恵まれています」といいます。

 

 Kさんは、去年9月に公営住宅に引っ越しました。〝生活再建に向けて必要なこと〟の項目では、「うちは息子の給料だけで生活しているから、お金はなんぼでもあればいい」。仮設のときは救援物資が届いてましたがいまはなく、引っ越し代の援助の10万円もカーテンや蛍光灯などをそろえると足りません。「一人で暮らすには部屋が広すぎて掃除が大変だったり棚が高くて届かない。外見は立派、中は使い勝手が悪い」など、住んでみてわかることもたくさんあります。国や行政への要望では、「近くにスーパーと病院がほしい。町の公営住宅だから町で管理できるようにしてほしい」(Kさん)、「税金を安くしてほしい。医療費が無料なのは助かった」(Oさん)。

 

海岸清掃で海開きのお手伝いも

 

 連休中に大槌町の吉里吉里海岸の清掃作業も予定しているので、現地を見てきました。海岸にはいまだに瓦礫が流れつきます。去年もボランティアが入ったそうですが、1年たつとこの通り。少しでも早く海開きができるようにお手伝いをします。                             

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