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2013年5月 8日 (水)

町や住民どうしを励ます被災地の姿に元気もらった

大槌の町を菜の花で~『菜の花プロジェクト』をお手伝い

52日は、東京のメンバーと事務局で大槌町赤浜漁港のわかめ選定作業。その後『菜の花プロジェクト』のお手伝いをしました。

津波で1階部分が破壊されたままの大槌中学校。その校舎のすぐ脇を流れる川沿いの一角は、昨年・一作年とかけて植えられた菜の花で一面黄色く染まっています。震災直後の5月から、川岸近くに住む金山さんが一人で菜の花を植え始めたことがきっかけで始まった『菜の花プロジェクト』はこれまでで7000人を超える全国からのボランティアが支援をしてきたそうです。この日は雑草の生い茂る土手の草刈りと石拾い。メンバーは初めて扱う草刈機に悪戦苦闘しながらも順調に作業を進め、3時間ほどで辺り一面はすっかり綺麗になりました。

金山さんは震災でお世話になった先輩や知人を20人以上も津波で失ったといいます。震災後、「生き残った自分にできることは何か。菜の花を植えることで恐ろしい津波の傷跡が少しでもやわらいで、亡くなった人の供養にもなれば」と、この行動を始めたきっかけを話してくれました。今回初めてボランティアに参加した事務局員の正保さんは「金山さんが自らも被災しながらすぐに行動を始めたことは凄いことだと思った。町の人にもボランティアとして来た人にも夢を与えられ、多くの人が大槌の町の様子を自分の目で見るきっかけになるんじゃないか」と話しています。

仮設住宅へお米のお届け

3日午前は、長野のメンバーと釜石市~大槌町を見学。午後からは、持ってきたお米150kgを大槌町の仮設住宅36軒へお届けしました。

 「母親は津波に流されかけたが木に捕まって助かった」という50代男性は、地震があったあと母親の薬を取りに家に戻り、防波堤から海が引いていくのを見たといいます。「大きい津波が来る」とその場にいた人にも声をかけ自転車で高台まで逃げました。母親は自分が逃げたところよりも低いところにいたので、「もうダメかな」と思いましたが、数時間して無事だということが分かりました。それからは、自動車整備をしていたこともあり何台も車の整備をしたそうです。「仮設は狭いけど、せっかくだから楽しまなくちゃ」と、仮設の人に声をかけてジンギスカンパーティなども開いているといいます。

 「困っていることはありませんか?」と聞いても「特にないね」と明るく答えていた人も、さらに突っ込んで聞いてみると、「病院が遠いので通院が大変」「公営住宅は家賃がかかる。年金暮らしだから心配」「先のことを考えると夜中眠れない」など、生活上で困っていることや将来への不安をたくさん抱えていることがわかりました。一声かけると部屋にあげてくれ、たくさん話をしてくれる方もいました。

 夜の交流では、参加者から「震災から2年経っているけど、建物がまだなかったり、瓦礫の山があったりする光景が印象的だった。この町がどこまで復興が進んでいるのか気になる」「はじめて被災した方 のお話をきいたけど、とても明るくてこちらが元気をもらった」などの感想が語られました。

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