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2012年9月 1日 (土)

時の止まった街、家はあるのに人がいない

 31日の朝、愛知と宮城のメンバーがセンターに到着。午前、午後と聞き取り、15時からは小高の街をフィールドワークしました。

 小高の街を日本共産党の野口さんをガイドに2時間ほどをかけてフィールドワークしました。
 最初に訪れたのは、商店街。3.11の状態で街が止まっていました。家具屋はショールームの家具が地震の揺れで入り乱れ倒れた状況のままでした。「原発事故で避難しないといけなかったので、片付けるまもなく店や家を出た人がほとんど。1年半がたってもここはまだ当時のままです」とガイドの野口さんが話してくれました。

 小高駅には、今も通学で止めた高校生達の自転車が駅前の駐輪場に残され、田んぼや畑がある地域は草が背を超えて伸びている地域もありました。田畑には、津波で流された自動車がまだ残されているところもあり、震災の生々しい痕跡がいまだに多く残されていました。
 東北電力が建設を予定している原子力発電所の気象観測塔のふもと付近を訪れると、そこは浪江町と小高区とのちょうど境目。野口さんは「利権のからむ原発は、福島では二つの市町村をわざとまたぐように建設されてきた」「原発事故後もまだ建設予定はそのままで中止も撤回も発表されていない」事などを説明してくれました。
 最後に訪れたのは、元々干潟だった所を田畑に開拓した井田川干拓地。ここは、つい最近まで潮が引かず湖のような状態になっていたことなどの説明を受けました。
 参加者からは、「崩れた家が、片付けされないままの状態であったり。田んぼに草が伸び放題の状態になっているのを見て、1年半人が避難を強いられた悲惨さ、難しさを感じた」「小高地区のように、3.11のまま取り残されている場所があることを目の当たりにして、福島の現状や原発事故の影響の認識がかわった」「原発事故による被害の風景は今までに無い経験だった」「原発の事故は、街そのものが人が住めなくなってしまうことを目の当たりにした」「家はあるのに人が住んでいない、とても不思議で変な感じがした」などの感想が出されました。

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