2015年5月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

« 「みんなでやれば前に進む、元気でた」 | トップページ | 復興のいしずえになれるようがんばりたい »

2012年9月 2日 (日)

原発に分断された街、いまだ深い悩みもち

 1日は、小高区で津波の被害にあった建設会社の事務所の片付けを行い、3時半から日本共産党の南相馬市議団長の渡部寛一さんを囲んで31人の参加でつどいを行いました。

 渡部さんは冒頭に、自己紹介と震災当時の状況を話してくれました。福島第一原発から直線距離で12㎞の位置に家がある渡部さんは、3.11以降家族はバラバラに避難、自宅に立ち入ることも禁止され、4月16日の警戒区域解除後も、生活することは禁止されています。
 南相馬市は、震度6弱の揺れで多くの家屋が倒壊したものの地震での死者はでませんでしたが、直後におそった津波は約1割の土地を消失させ636人もの命を直接奪ったことを話してくれました。そして市が災害関連死として認定された方が他に311人もいることを訴えながら「緊急・長距離・長期の避難で亡くなった方々です。本来は永らえることのできた命、原発事故さえなければ…」と語りました。

 そして「最大の困難は除染に関わる問題」と、「進まない除染、その原因は、仮置き場が決まらないこと、仮置き場が決まらないのは3年後に移動する中間管理施設が決まらないから、中間管理施設が決まらないのは最終処分地が決まらないから」と復興に向けたプロセスがいまだに前に進まないことを話してくれました。
 寛一さんは、3.11後の議会、議員活動の報告もしてくれました。震災直後の混乱した時、地域で救助・救援をはじめ復旧や放射能対策で中心的役割を発揮したこと。市の広報車が足りず、自らの宣伝カーを使って広報したこと、危険物とけん引免許を持つ友人を手配しガソリンを確保し5千台に給油したことを紹介。議会では、『浪江・小高原発建設を中止し、福島県内すべての原発廃炉を求める決議』や『消費税増税をしないことを求める意見書』、『原発再稼働に反対する意見書』などつぎつぎ全会一致での決議や意見書が可決されていることを紹介し、市民の声を取り上げ、議会に届けていることを話しました。
 そして「お願いしたいこと」として「地震で火力発電所も壊れたが、火力発電所は『壊れた』で終わる。でも原子力発電所は、『壊れた』では終わらない。とんでもない被害が残ることを知ってほしい」と訴え、福島の実態が報道されなくなっていることに「事故がまだ終わってないことを知ってほしい。ぜひ現地を見たみなさんから震災の被害状況、原発被害の実相を、1人でも2人でも伝えていただきたい」と訴えました。
最後に、「自分たち若い世代は何をするのが大事か」「農業が再開できるようにするにはどうすればいいか」「仮設住宅で聞いたことはどういかしたらいいか」などの質問に、「若い人が聞き取りしてくれたこと自体が、大きな励ましになっている。寄せられた意見を、文字にして私たちにも分かるものを託してください。それを議会にいかしていきたい」とこたえてくれました。

« 「みんなでやれば前に進む、元気でた」 | トップページ | 復興のいしずえになれるようがんばりたい »

ニュース@南相馬」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/526545/55588565

この記事へのトラックバック一覧です: 原発に分断された街、いまだ深い悩みもち:

« 「みんなでやれば前に進む、元気でた」 | トップページ | 復興のいしずえになれるようがんばりたい »