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2012年9月

2012年9月 3日 (月)

復興のいしずえになれるようがんばりたい

 センターを閉じるにあたって 福島・南相馬市に開設した第5次全国青年ボランティアセンターには、「自分も何かの役に立ちたい」「なんとかしたい」「自分に何ができるか」などの思いを持った青年が全国各地から参加しました。

 8月21日からの14日間に全国から12県、19グループの参加があり、のべ242人が行動。仮設住宅の訪問を中心に、民家や事務所の清掃、草刈りなどを行いました。

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2012年9月 2日 (日)

原発に分断された街、いまだ深い悩みもち

 1日は、小高区で津波の被害にあった建設会社の事務所の片付けを行い、3時半から日本共産党の南相馬市議団長の渡部寛一さんを囲んで31人の参加でつどいを行いました。

 渡部さんは冒頭に、自己紹介と震災当時の状況を話してくれました。福島第一原発から直線距離で12㎞の位置に家がある渡部さんは、3.11以降家族はバラバラに避難、自宅に立ち入ることも禁止され、4月16日の警戒区域解除後も、生活することは禁止されています。
 南相馬市は、震度6弱の揺れで多くの家屋が倒壊したものの地震での死者はでませんでしたが、直後におそった津波は約1割の土地を消失させ636人もの命を直接奪ったことを話してくれました。そして市が災害関連死として認定された方が他に311人もいることを訴えながら「緊急・長距離・長期の避難で亡くなった方々です。本来は永らえることのできた命、原発事故さえなければ…」と語りました。

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「みんなでやれば前に進む、元気でた」

 1日は、小高区で津波の被害にあった建設会社の事務所の片付けを行いました。

 依頼があったのは、小高区にある建設会社事務所の一階の清掃。津波で書類から家具、家電製品がひっくり返り入り乱れた状態でした。
 会社は、20㎞圏外の原町区で営業を再開したりしているものの、国から委託をうけた解体工事の仕事が大量に入っており、従業員15人はフル回転。事務所の後片付けをしたくてもなかなか進まない状態でした。

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2012年9月 1日 (土)

時の止まった街、家はあるのに人がいない

 31日の朝、愛知と宮城のメンバーがセンターに到着。午前、午後と聞き取り、15時からは小高の街をフィールドワークしました。

 小高の街を日本共産党の野口さんをガイドに2時間ほどをかけてフィールドワークしました。
 最初に訪れたのは、商店街。3.11の状態で街が止まっていました。家具屋はショールームの家具が地震の揺れで入り乱れ倒れた状況のままでした。「原発事故で避難しないといけなかったので、片付けるまもなく店や家を出た人がほとんど。1年半がたってもここはまだ当時のままです」とガイドの野口さんが話してくれました。

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