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2012年8月21日 (火)

1年4ヶ月も人の手が入らなかった町

ボランティアセンター@南相馬は21日、開設しましたhappy01

開設にあたって、ボランティア隊長の中川さんが現地視察した時のようすを、以下のように話してくれました。

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福島市内から車で沿岸にむかって2時間ほどで南相馬市に着きます。途中通過する飯舘村は全村避難していた地域ということもあり、空き家が目立ちました。南相馬市の真ん中に位置する原町区は、去年から人が戻っていることもあって、車や人の通行もあり、大通りの店もほとんどが営業していました。南相馬市役所で、渡部寛一市議と合流し、南部の小高区に向かいました。

小高区に入るとすぐに景色がかわりました。田んぼや畑は伸びきった草に覆われ、ときおり津波で流されたままになっている車がありました。人通りはなく、いくつかある店舗や家屋も地震や津波のあとが生々しく残っていました。小高区は原発から20km圏内にある地域です。4月16日に警戒区域が解除されるまで、1年4ヶ月の間、人が入れない状態でした。

沿岸部にある井田川干拓地(写真左)は、200ヘクタールの畑が津波にのまれました。水を組み上げるポンプも壊れ湖のようになっていましたが、最近少しずつ水抜きができるようになりました。津波で更地になった土地や家の庭先には瓦礫が積まれています。「瓦礫を片付けようと思っても除染も進まず、どこでどう処理するのか決まってない」と渡部議員。警戒区域が解除されて家の様子を見に行っても、目の前の状況に落胆する住民の方がほとんどだといいます。小高駅前の商店街では、営業を再開しているのは散髪屋さんの1件のみ。「必ず小高で再開します」と書かれた店舗もありました。

●いま福島に求められていること

目に見えない放射能は、福島の人々に深刻な被害と分断をもたらしていることがわかりました。福島の人たちは、国からまともな対策もされないまま、先のことが何もはっきりしないまま「忘れられてしまうんじゃないか」という不安な思いを抱きながらいまも生活しています。1年4ヶ月の間手つかずだった自分の故郷を目の当たりにし、「子どもも戻ってこないのに片付ける気力がない」「これからどうなっていくのか」と、生きる希望が奪われています。そんな福島の現状を知り、伝えていく青年がふえることが福島の人たちのなによりの励みになります。

今回の南相馬市でのボランティア活動は、主に仮設住宅に避難している方に救援物資を届けながらお話を聞くことです。「お元気ですか?」と声をかけ、震災当時の話や生活のことも聞きながら、頼まれた家の片付けなどもしていきます。ひとりでも多くの人が福島の実態に触れ、原発について、日本の未来について考えあえること、そういうきっかけになるボランティアセンターになると思います。みなさんの参加を待っています。

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