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2012年8月26日 (日)

仮設を訪問 あふれる思いに心よせて

25日は、青年らが仮設住宅をたずね、山形のお米や徳島のすだち、千葉の梨などを届けながら話を聞きました。

この日の最年少は、お父さんといっしょに参加した京都の中学3年生です。「少し涙が出るくらい震災当時の大変だったことを聞きました。『話すだけでうれしい』と言われ、ボランティアしてよかったと思いました」と感想をのべています。

午後は2回にわけて、4月に入れるようになった小高地区を視察しました。活気があった小高の商店街に人がいない様子や、小高駅に311の日から高校生の自転車が放置されている様子をみて、「ショックをうけた」などの感想がよせられました。

【被災者からよせられた声】
 

●仮設での付き合い方が難しい。「こんな話していいのかなぁ」と、気持が小さくなる。考え事をすると眠れない。「人に迷惑をかけないように」とばかり考えている。

●食べるものが大変。私たちはいいけど、孫たちがいるから。水はすべて買ったもの。

●米をもらえるのうれしい。畑や田んぼがあったって、買って食べている。この辺は何もない。子どもたちが遊ぶ場所も、ゲートボールができる場所も。


●畑は全部ダメになってしまった。やることなく、ただいるだけだから。


●避難解除をしたのは保障を打ち切りたかったからだ、とみんな言っている。水も出ない、ゴミも出せないのに解除はおかしい。

●2世帯だったけど、孫たちは逃げた。

●母のためにベッドをおきたいが、狭くておけるか…。母は野菜づくりができなくなって、認知症がすすんでしまった。

●放射能のせいで家に帰れない。家を見ると、行きたくなる。除染がすすまないのに再稼働するのは、考えられない。

 

●家に帰りたいけど帰れない。泥棒が入ることもあるし、勝手に寝られた跡もあった。片付けると、おばあちゃんたちが帰れると思って気が焦ってしまうから、今は片付けられない。

 

●情報がまったくない。自分で調べないかぎり分からない。

 

●職人の夫が、自分で屋根の除染をしようとしたけど、危ないからやめてといった。線量計をもらったけど、信用できない。とにかく早く除染して帰れるようにしてほしい。自宅は浜風が入って、冷房もいらなかったのに。

 

●津波で何も残っていない。家族もバラバラ。いまでは三カ所に。

 

●1週間に1度くらい小高地区の家に通っているが、ガチャガチャしていて全然進んでない。


大分からしゃもの差し入れが届きました!
 

「沢山食べて、沢山汗を流して、沢山語り合って、沢山笑って、私のふるさと相馬に未来の風を吹かせて下さい。遠く九州の大地より、ボランティアの皆さまに心より感謝を申し上げます」(同封された手紙より)

 

 

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