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2012年8月29日 (水)

福島で見て聞いたこと、伝えてほしい

28日は、茨城、千葉、山梨、埼玉、佐賀からの参加者が合流。27日から参加している兵庫と福島の青年など30人で「つどい」を開催。つどいには、南相馬で農業を営む三浦草平さん(26)が駆けつけてくれ、福島の農家の現状などを開きました。

三浦さんは、昨年11月まで千葉に避難していました。普通に生活を送る中で「このまま忘れては避難した自分たちもこれからの世代に対しても禍根を残す」と思い、原発事故を忘れないために「福島で農業をしよう。帰ろう」と決意しました。
 農業の再開にあたっては、農産物の安全性の確保が問題だったことや、福島では農協や県による農産物の放射線を測る体制をつくり、とくに米を全量調べる設備をそろえてきたこと、安全の担保を確立してつくったものが「安全です」と消費者に伝えたい思いを話してくれました。

「国の対応は、支援に条件を付けるなど事故をなかったことにしようという意図が見え、許せない」「原発事故は人類にとって教訓にしないといけない。等身大の問題としてボランティアで見て聞いたことを周りの人に伝えてほしい」と訴えました。

三浦さんは、福島だけでなく多くの農家が安全な作物を作るために様々な努力をしていること、農産物が「安全」という認識を広げるためにとりくんでいる検査など福島での農業の実態を話しました。質疑応答では、「地元の人も県内のお米を食べることに抵抗がありますか?」「農家の人はどんな訴えを国にしているか」「お土産に桃を買おう思うがどこにおいしい桃がありますか?」など参加者の質問に丁寧にこたえてくれました。

その後、参加者が県ごとに自己紹介と一日の活動を感想交流。「聞き取りで『原発で農業できなくなった』という話を聞いて、胸が苦しくなった」(福島の参加者)「自分の周りで原発を話す人が少ない。自分から伝えたい」(千葉の参加者)などが出されました。

成長して被災地の役に立ちたい

28日、茨城、兵庫、佐賀、福島の15人が仮設住宅を訪問しました。もともと小高にすんでいたというおじいさんは「長野、山形、郡山と家族がバラバラになった」「避難生活中に泥棒に入られ、今は農業用機械をその都度運んでいて大変」といいます。また、兵庫のTさんらの訪問先では、「野菜はどこ産なのか見てしまう。お水もできるだけ買っている。子どもが県外の人と結婚できるか心配」と原発事故による悩みや「震災前はみんな元気だったのに、避難してから足が悪くなったり、ストレスでみんな体調が悪くなっている」といった話を聞きました。Tさんは訪問活動後の感想交流で、「福島でもっと色々なことができたらいいな。自分が看護師として成長して、知識を身につけたら、またここで訪問活動して役に立ちたいと思った」と話しています。

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