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2012年8月25日 (土)

3・11から時間がとまった現実をみんなに伝えたい

24日は、埼玉の青年らで、南相馬市小高区にあるNさん宅を片付けました。家は解体せざるをえませんが、その前に泥にうもれた生活の記録を一つひとつ確認。すべて運びだし、解体の費用負担を軽くしようと手伝いました。

1階の押入れをあけると、下の布団はしめってズシリと重く、毛布をひっぱると千切れました。衣装ケースには黒いヘドロがありました。泥の中からアルバムなどの思い出の品々が次々に出てきて、Nさんに手渡しました。

2階は津波被害がなかったものの、地震で屋根が雨漏りし、原発20キロ圏内で今年4月まで放置せざるをえなかったため、家財道具がすべてダメになりました。子ども部屋にあったものほとんどを捨てざるをえず、外に運び出しました。

昼食をとりながら、一緒にボランティアした福島の青年から、原発事故への思いを聞きました。作業を終え、「見違えるようにキレイになりましたね」と感謝されました。感想交流では、「311から時間が止まったようだった」「この現実を自分たちが発信しなければ」と語り合いました。

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家のなかで作業するボランティアたち



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捨てざるをえない家財道具。

どこに捨てるか決まっておらず、当面は庭先に放置。



【参加者の感想から】
○世間では終わったことのような感じで、自分も身近に思えなかったけど、今日行ってみて終わっていないし、苦しんでいる人がいっぱいいると実感した。
○誰も住んでいない家をみて、突然人がさらわれたような虚しさを感じた。田んぼが荒れはて、北海道の牧草地のようだった。本当なら奇麗な稲穂がなびいている時期なのに。
○崩れた家や荒れた土地の光景はとてもショックで、家族がバラバラになった被災者の気持ちになりきるのは難しいし、目の前のことをどうとらえたらいいのか、分からなくなった。
○家財道具や泥を家の前に出したけど、どこに処理するか決まっていない。あれが片付かないと、本当の復興と思えない。原発さえなければと改めて感じた。

 

●民青に加わった埼玉のMくん(19

ボランティアに参加して、民青に加盟することにしました。来るきっかけは、広島でひらかれた原水禁大会で、福島の高校生が「忘れないで」と涙ながらに発言したのを聞いたことです。震災や原発を忘れかけていた自分に気付きました。そして、被災者の方が「ボランティアのおかげで助かった」と話されたのを聞き、自分も行く意味があるんじゃないか、行かなきゃいけないんじゃないか、と参加しました。

 

広島では、原爆から1年後には人が帰っていたそうですが、福島は全然復興していない。
311直後の状況が広がっていました。被災者を自分に置き換えたとき、不安や恐怖で心も頭もいっぱいになりました。

人はいくら強がっても、一人では生きていけないと思います。同じ仲間とこうしてボランティアできるのはうれしいし、感謝されると、もっとうれしい。

学校に行っていない期間が長かったけど、今とても勉強がしたい。だから加盟しました。信頼できる人たちといっしょに学べるのが、一番ありがたいなと思います。

 

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