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2012年5月 1日 (火)

「何かしたい」思いが全国から福島へ

今日は、ボランティアに駆けつけた参加者の思いを紹介します。

◆広島 被ばく3世の高校生S君
 広島は、人類初の核兵器被害をうけたところです。その核兵器がもとになって、原発ができました。福島で新たな放射線の被害者が生まれたのは、僕らにとって許しがたいことです。「ノーモアヒロシマ、ノーモアナガサキ」という言葉があるけど、別の形で被害が繰り返されてしまった。人災だし、防げたんじゃないかと、憤りを感じています。
 仮設住宅では、「被爆地・広島の代表として来たんです」と伝えながら、思いを聞きました。事故直後、放射能がたくさん流れていた地域に避難させられ、何も知らないまま外部被ばくした人もいました。僕自身、被ばく3世なので、また新たな被ばく者や、その2世、3世が生まれると思うと、本当に悔しいです。
 放射線がいかに危険なものか、生活をいかに壊すのか、原発を広めようとする政府に、どんどん意見を言いたい。被災者の思いを、もっと全国に発信していきたいと思います。


◆防災対策にあたる公務員T君
 この春、公務員になって自治体の防災課に就きました。共産党の議員さんに誘われ、福島に来きました。3・11は防災を考えるうえで忘れられません。東北のことを、地元でどこまで生かせるのか。被災地をじかに見たいし、知りたいと思って参加しました。
 仮設住宅で話をうかがって、被災という非日常的な状態と、日常的な日本社会のようすとが重なってみえました。たとえば、もう原発はいらないと思っても、地元は一筋縄ではいかない。原発で働き、かかわってきた歴史を、慎重に解きほぐしていかなければいけないんだと感じました。私は沖縄出身なので、米軍基地問題とダブって見えました。
 同じ被災者なのに、ちょっとしたことで関係がギスギスしていることも気になりました。責任を追及されるべきは東電や国だし、本当は協力しあっていく仲間なのに、自分のことで精いっぱいなのかな、と。反貧困の活動をやっていたとき、生活保護とワーキングプアの方がぶつかりあい、連帯を築くのに苦労したのを思い出しました。
 でも、ある被災者の方が、心にためこんでいた怒りを次々にはきだしてくれ、最後には清々しい表情になっていたことが、印象的でした。こんどは被災者どうしで何でも語り合えれば、一人じゃないという安心感につながるんじゃないかと思います。
 地震が起こったときに地域で助け合い、つながりをつくっていけるように、公務員として頑張りたいと思いました。


ありがとうございます
【お米が全国から】山形の置賜産直センターから、お米が810キロも届きました。各地からぞくぞくと寄せられ、小分けにして被災者に届けています。

【おいしい野菜も】高知からセリにつづき、三つ葉もくることに。徳島のにんじん、神奈川のゆずみそなど、各地の特産物も寄せられています。

【朝のコンビニでのこと】ボランティアのゼッケンや車のナンバーをみて、「福島のためにありがとうございます」と、お菓子をいただきました。

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