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2011年8月18日 (木)

「被災地の声を伝えていきたい」 登米市議・地元の方を招いて交流


13日夜、日本共産党の佐藤尚哉、工藤順子両登米市市会議員と東和町に住むNさんを招いて「震災当時の話とその後の生活で何が変わって、何が変わっていないのか」をテーマにお話を聞きました。

●「相手の思いを聞いて心のケアをすることが必要」
「いままで体験したことがない上下のゆれを感じた」「地震であわてて外に出ると、近所の子供が泣きながらしがみついてきた」――3人の方は、震災で体験したこと、実際に被災された方から聞いてきた声や要望を話しました。
工藤市議は沿岸部の方から当時の話を聞きました。地震後、足の歩けないおばさんを車に乗せて高台にある中学校に避難しました。しかし、すぐに津波がやってきて「山へ逃げろ!」という叫び声を聞きました。時間がないまま、「おばちゃん。ごめん!」と言って車のドアを閉めて逃げました。幸いそのおばちゃんは後に助かったことがわかりましたが、工藤さんは、「震災により、多くの方々は悲しみと傷を負っている。相手の思いを聞いていく心のケアが必要だと思います」と話します。
東和町に住むNさんは、放射能についてお話をしてもらいました。「福島原発事故が起きたとき、関東地方の放射能の影響ばかりで、宮城のことは報道されなかった。大丈夫だと思っていたのに、いまになって登米市のワラから放射能が出てきた。東北の放射能のことを隠していたなんて許せない。農家の人たちが気の毒だ」と話をしました。佐藤市議は「登米市は7年前に9町合併し、役所の人数は削減されました。市民のために動こうとしたとき、地域とのつながりが薄くて災害時に自治体としての役割を発揮できなかった」と話しました。

●国の責任で一人ひとりが復興を踏み出せるように
その後の質疑応答。ボランティアから「『頑張ろう日本』という言葉は、どんな印象がありますか?」という質問がありました。「『頑張ろう日本』というのは政府のキャンペーンだと思います」と佐藤さん。「どういう風に頑張ればいいのかが、示されず、高齢者など取り残されている方もいます。一人ひとりに光を当てて、被災地の人たちが、復興に足を踏み出すまでは、国の責任でしないといけないと思う」と話しました。
感想交流では、「被災地の人から生の声を聞く事ができてよかった。友達に伝えたい」「先が見えない中で、これから人生をどのように送りたいのか、その思いを国の責任でしっかり支えていくのが、本当に大事だと思った」と感想が寄せられています。
Photo


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コメント

事務局の皆さん、参加されている皆さん、お疲れ様です。

1日だけの活動でしたけど、いろいろとありがとうございました。


帰り道は、所々でゲリラ雷雨にあい、危ない目にあいましたが、先ほど自宅に着きました。

長丁場ですけど、体調管理に気をつけて、怪我の無いよう頑張ってください。

これから参加される皆さんも、頑張ってください。

でわ

また

ノシ

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