2015年5月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

« 130人のボランティア | トップページ | 仙台より 今までのニュースをアップします。 »

2011年5月 6日 (金)

復興へ、被災者の思いによりそって

 被災地では、復興への歩みがはじまっています。見渡すかぎりガレキのなかに、よく見ると新しい電柱が。深い悲しみとともに、明日への一歩をふみだしています。

はりつめた気持ちが和らいで

 3月半ばから地元のボランティアが通う水産業を営むお宅では、昼休みにいつも、奥さんが被災当時の話をしてくれます。

 先日、肉親を亡くしたことを、はじめて話しました。何度も通った青年は「奥さんの涙を初めて見た」といいます。被災から数日後、長男のお嫁さんがガレキの下から見つかりました。小学生の子どもにどう打ち明ければいいか悩んだと言います。火葬の燃料入手に苦労したこと、せめてお花を供えたいと奔走したこと…。「お嫁さんの実家に本当に申し訳ない」と苦悩している胸の内を明かしました。ボランティアと心を通わせ、張りつめた気持ちが少しずつ和らいできたようです。

 4日、青年ボランティアは、津波でこんがらがった漁具をほどき、結びなおしました。一面ガレキのなかから、見つけ出したものです。「津波がきていったんあきらめたけど、生きているから欲が出て…。これがあれば漁業で生きていける」。もう一度、生きてみようとの思いを後押ししたいと、ボランティアの手に力がこもりました。

生きる力強さを応援したい

Rimg0207_umibe

 海辺で流されてきたモノを片付けているとき、個人の写真アルバムや卒業証書がありました。捨てるに捨てられず、青年ボランティアが近くの避難所の本部に届けました。写真をみて、本部のおじさんが「この人知っている」と言います。「家が津波で全壊し、まだ連絡がとれていない。お届物は預かっておきます」。

 届けに行った青年は、どう言葉を返せばいいか戸惑いました。ただ、被災者の方々との触れ合いをつうじ、深い悲しみをかかえつつ明るくふるまい、ここで生きていくとの力強さを感じたと言います。「先の見通しがもてるように、地元に戻ってからも僕らに何ができるか考えたい」と話しています。(写真=「われら高校生」提供)

地元の青年とも交流

 陸前高田市のボランティアセンターに毎日手続きに行くと、受付をやっている青年たちと対話になります。「今日の活動参加は何人ですか?」と聞かれて130人と答えると、ビックリ。「連休でいっきに片付きますね」とうれしそうに話してくれました。

 受付の青年たちもボランティア。実家が津波に流され、親戚の家に寝泊まりしながら頑張っています。全国からの青年ボランティアが、ふるさとの復興を願う青年たちを励ましています。

« 130人のボランティア | トップページ | 仙台より 今までのニュースをアップします。 »

支援活動」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 130人のボランティア | トップページ | 仙台より 今までのニュースをアップします。 »